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パネライ昔話【前編】~パネライとイタリア海軍~

竹田 貴裕

こんにちは!
PANERAI金沢ブティック竹田です。
本日はいつもとはテイストを変えてパネライの歴史について
ご紹介をします。

それではパネライ昔話はじまりはじまり~👏

【パネライ時計店創立】
1860年創業者であるジョバンニ・パネライ(1825~1897)が
フィレンツェにあるグラツィエ橋にフィレンツェで初めての時計店をオープン。
この店は、時計の販売店および工房としてだけでなく、フィレンツェ初の時計製造学校としての役割も担っていました。パネライの歴史はここから始まったのです

創業者、ジョバンニ・パネライ

創業当初の店舗

【ラジオミールの特許を申請】
パネライ一族は、長年にわたり、イタリア海軍に海戦用照準器などの精密機器を納品していました。
同軍の軍事的な要件に応えるため
1916年、創業者の孫であり、3代目の
グイド・パネライ(1873~1934)が
イタリア海軍少佐協力の元、ラジウムをベースにした
蛍光物質「RADIOMIR<ラジオミール>」を開発し特許登録する。パネライはその歴史の中で、革新的な技術により数々の特許を取得していますが、その第一号がこのラジオミールでした。

【ラジオミール誕生】
1934年、グイドの死後、4代目ジュゼッペ・パネライ
(1903~1972)が同社を継ぐ。
その後、イタリア海軍からの要請で本格的な軍用腕時計の開発に乗り出す。

1935年、イタリア海軍が新しい水中攻撃車両と操作員に関する機密プログラムを開設。
パネライは、この新たな軍事活動に役立つ技術機器の開発に参加しました。
イタリア海軍が求める基準を満たすため、高い強度を持つ潜水用時計がいくつもテストされました。
イタリア海軍の歴史的な資料には、1935年、ジュゼッペ・パネライが適切に製造された数点の試作品を作動させ、技術的なテストを実施したと記録されています。最高の結果を出したのは、ロレックス・ジュネーブが提供した製品に、パネライが修正を加えたRef. 2533でした。

Ref. 2533

3代目 グイド・パネライ

4代目、ジュゼッペ・パネライ

1938年、3年間のテストを重ねラジオミールを本格的にイタリア海軍に納品。
文字盤のデザインなど改良を加え、実戦投与された時計が誕生したのです。この時に文字盤が二重構造となった、いわゆる『サンドイッチ文字盤』が採用されました。

↑ 1938年 実戦に使わられた初期の時計

1940年代にはワイヤーループだったラグの部分が改良され太く安定感のあるものへと変わりました。
現行モデルでいう『ラジオミール1940』がこの時代ののデザインを踏襲しています。

【ルミノール誕生】
1949年、トリチウムをベースにつくられた新たな発光性をもつ物質「RUMINOR〈ルミノール〉」を開発。
特許を取得

1956年、それまでのねじ込み式リューズでは、時刻調整やゼンマイ巻上げ時の度にネジが磨耗され
長時間潜水においてケース内に浸水する恐れがあるとして
パネライ社はリューズを覆う半円形のプロテクターにレバーを取り付けた画期的な装置を開発し特許を取得。
この発明こそが今日におけるパネライの象徴でもある「リューズプロテクター」を装備した
「ルミノール」シリーズの原点となる。

前半はこれにて終了!
次回は終戦後~現代編
おたのしみにっ!☺

【たけだの今日の一杯】

先日、新潟県に訪れた際に寄ったSAで食した1杯。
その名も生姜醤油ラーメン!!ナンダソレ…
どうやら新潟の名物だそう。
パンチある醤油に追いかけるかのようにサッパリした生姜の後味が付いてくる。
新感覚でクセになる1杯でした🍜

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